川西市源氏まつりの幟の笹竜胆紋

川西市に住んでいる孫がこの春小学2年生になりますので半年ぶりに顔を見に出掛けましたが、その道中で「川西市源氏まつり」の幟に「笹竜胆紋」の紋を見かけました。

川西市源氏まつり-2

今年で第53回目を迎える「川西市源氏まつり」
平成27年より、多田神社をスタートし、多田駅前で折り返すコースとなっているそうです。

また、アステ川西ぴぃぷぅ広場のステージでは、午前10時10分から川西観光プリンセスが扮する巴御前、常盤御前、静御前、二十歳の若武者(八幡太郎義家公)のお披露目インタビューや出演武者の紹介があり、早稲田摂陵高等学校ウィンドバンドによる演奏など様々な催しを行います。


川西市源氏まつり-1

 
多田神社境内では、奉納射会や獅子舞、杖術の演武、ウィンドバンドの演奏も行います。当日は、模擬店なども出店し、もりだくさんの行事を予定しています。家族や友人と一緒に出掛けてみてはいかがでしょうか。





そういえば孫のお宮参り、七五三も多田神社にお参りしましたが、その時見かけた賽銭箱にも葵の紋と笹竜胆紋紋が刻まれていました。


多田神社の三つ葵紋、笹竜胆紋紋また今回見かけた川西市源氏まつりののぼりに描かれている笹竜胆紋紋について調べてみたいと思います。


多田神社-1

賽銭箱


同地は清和源氏武士団発祥の地であり、この地に居城を構えた源満仲によって天禄元年(970年)に天台宗寺院として建立される。鎌倉時代に幕府から造営の督励をうけた僧忍性による再建以降真言律宗に転じ、明治以前までは多田院と称した寺院であったが、神仏分離の際に神社となった。
その際、南大門にあった金剛力士像が満願寺に移されるなどした。


多田神社は清和源氏の霊廟として、源満仲、源頼光、源頼信、源頼義、源義家を祀る。
源氏の流れを汲む足利氏や、源氏を称した徳川氏も、多田神社を源氏霊廟と認めており、歴代将軍の遺骨を多田神社に分骨している。


また、現在の社殿は、寛文年間に徳川家綱が再建したものであり、それ以前は天正5年(1577年)の津田信澄の手による焼失のため(有岡城の戦い)荒廃していたという。


四月には、源満仲や源頼光、源頼信、源義家から源実朝までの歴代の源氏の武将の武者行列のある「源氏まつり」が盛大に行われ、巴御前や静御前らの女性は公募で選ばれた美女たちが扮する。


源氏の霊廟の性格から、源氏の個々の武士ではなく、清和源氏の武士がほぼ全員登場するところが特徴。また、『平家物語』では鹿ケ谷の密告者として評判のよくない多田行綱も、当社の源氏まつりでは、源頼朝や源義経、源義仲などと同じく源氏の主要な武将の一人として馬上の武者行列に登場する。人気があるのは公募で選ばれた美女が扮する巴御前などの女性陣。
ウィキペディア(Wikipedia)参照
sn_itmfv_l at 15:47│clip!家紋&コラム | 戦国時代