赤穂浪士(忠臣蔵)と家紋

赤穂浪士は、元禄15年12月14日(1703年1月30日)深夜に旧主浅野長矩の仇である高家吉良義央の屋敷に討ち入り、吉良義央および家人を殺害した(元禄赤穂事件)元赤穂藩士大石良雄以下47人の武士である。


浅野内匠頭長矩の家紋は「丸に違い鷹の羽」紋ですが、広島の浅野本家のものは「藝州鷹の羽」とも呼ばれ、羽根は渦が描かれている。
鷹のは紋の一例

5-TA-2・・丸に違い鷹の羽紋(上記ページより)
5-TA-13・・藝州鷹の羽紋 (上記ページより)


年配の方(日本人)は赤穂浪士=忠臣蔵が好きですね。
私も大好きです。いろいろな忠臣蔵を見ました。作られた時代においてドラマ性また衣装なども少しづつちがっていますが、衣裳等に施された家紋はいつの時代に作られたドラマでも同じです。(同じであって当たり前なのですが、・・・紋が変わっていればおかしいですからね。)


忠臣蔵(赤穂浪士)の家紋-1

忠臣蔵(赤穂浪士)の家紋-2


私は家紋に興味がありますから各武士の家紋をみますが、家紋に興味がなければただ紋のようなものがついていたような。。。。そうでないような。。。ぐらいで終わるのでしょう。今はそれほど家紋が重視されることもないでしょうが、当時としては家紋は大事な紋所であった。



近年は赤穂浪士=忠臣蔵にかんしたドラマは見かけなくなりましたね
以前は討ち入りの12月14日に合わせてドラマが完結するように組まれていましたが、最近はちょっと番組内容も変わってきているようです。
家紋好き、忠臣蔵好きなひとからみればちょっとさびしい気がする12月です。




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