近江ゆかりの戦国武将ー家紋入り乗車券ー中村一氏・藤堂高虎・蒲生氏郷

近江鉄道の記念切符、近江ゆかりの戦国武将「家紋入り乗車券・入場券セット」見つけて購入してきましたが、11月の「井伊直政」で終わりです。


各武将について更新してきましたが、発売日にあわせた更新でしたので、ここの武将の記念切符と簡単な家紋にに付いての説明と3武将の記念切符の写真で更新します。


中村一氏
切符に印刷されている家紋は「立ち沢瀉 (たちおもだか)」紋です。
沢瀉は池や沢に自生する多年草である。
古くは勝ち草とか将軍草などとも呼ばれ、縁起の良い草だった。
「おもだかや弓矢立てたる水の花」という句があるが、沢瀉が群生している状態を見ると、まるで弓矢を立て並べたように見える。
尚武の紋にふさわしい。武将が沢瀉威しの鎧を着用したり、沢瀉を戦勝の印しにしたのはそのためだ


藤堂高虎
「藤堂高虎」を紹介した切符に印刷されているのは「」紋ですが、

平安時代から貴族の衣服の文様に使われたことが『源氏物語』や『枕草子』『栄華物語』などの文様によく出てくるのもその美しさが愛好されたためだろう。
江戸時代の蔦紋使用大名としては藤堂、松平、六郷の三氏が著明だが、旗本では百六十氏にのぼる。

江戸時代には、上は将軍から下は花柳界の女性にいたるまでに大いに愛好された。
八代将軍徳川吉宗は将軍家としての自分の血筋が途絶えるのを心配して一橋、田安、清水の御三卿を立て、徳川家の本紋の葵の替え紋として蔦紋を用いた。


蒲生氏郷
蒲生氏の「対い鶴」紋

名門藤原秀郷を祖とする近江蒲生郡日野六角氏重臣蒲生賢秀の嫡男として生まれる。幼名は鶴千代。永禄11年(1568)織田信長の人質となるも、信長はその才能を見抜き、娘の冬姫と結婚させる

切符に印刷されている蒲生氏の「対い鶴」紋は (個人的な憶測ですが。。。)「幼名の鶴千代」にちなんでであろうか向き合う鶴が印刷されている、一羽は今にも飛び立つような仕草の意味は?。。。。
家紋に関した文献で調べましたが 蒲生氏の「対い鶴」紋の由来等はわかりませんでした。
機会があれば図書館等で調べてみたいと思います。


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