堀部安兵の家紋

堀部 武庸(ほりべ たけつね、寛文10年(1670年)- 元禄16年2月4日(1703年3月20日))は赤穂浪士四
十七士の一人。四十七士の中では一番の剣客で、大石内蔵助に匹敵する人気を誇る人物。通称の安兵衛(やすべえ)の名で有名。

浅野内匠頭が刃傷をおこし赤穂が取り潰しになると、血の気が多く実戦経験があり腕の立つ安兵衛は討ち入りの急進派の代表格となり、大石らはこれを引き止めるのに苦労したという。
討ち入りは成功に終わり、安兵衛も切腹の判決が下り松平隠岐守屋敷にて切腹した。


堀部安兵衛武庸-行年三十四才
ほりべやすひようえたけつね
戒名-泉岳寺墓碑:刃雲輝劔信士
討ち入り部署:裏門   
討ち入り後のお預け先:松平家


辞世の句:
梓弓ためしにも引け武士の 道は迷はぬ跡と思はば

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