三本足の熊野の烏

中国では古くから太陽の中に烏が住んでいて、宇宙を支配していたという伝説がある。

しかし、この烏は三本足の霊鳥だったという。

この思想が日本に伝わり、三本足の烏を神紋(しんもん)や神使としている神社は三重県の伊勢神宮、京都の祇園神社、静岡県の三島神社、大坂の住吉神社、新潟県の弥彦(やひこ)神社など数多い。

代表的なところでは和歌山県の熊野三山の本宮、中宮、新宮も神紋として三本足の烏を用いている。

初代神武天皇は紀伊半島の熊野から北上して大和に攻め入ったが、そのとき山深い土地を道案内したのが熊野神社の神使の「やたがらす」だったという。

熊野神社は朝廷から庶民まで広く信仰され、善男善女のあこがれの聖地だった。

そこで「午王宝印」も普及し、江戸時代にはこの紙に誓文を書くのがはやった。

花街で遊女たちが二心ない証しとして、しきりに客とこの誓文を取り交わし、指先を針で突いて血判した。

もし背いたら神罰が下るというわけだが、果たしてどれだけの効果があったものか。
江戸時代でも烏は農家や神社などで吉凶を占う判断にされた。

たとえば農家では正月に烏に餅を投げ与え、その食べ方で吉凶を占い、米をまいて烏の啄ばみ方を見て種まきの時期を決めたりしていた。

また、神社では烏に供物を与え、神意うかがうのが「とりばみ神事」で愛知県の熱海神宮や広島県の厳島神社など、多くの神社で行われている。



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