赤穂事件関係者の紋
四十七士の統領大石内蔵助良雄の家紋は巴で、芝居や映画でお馴染みだ。
討ち入りの陣太鼓も巴の紋章がある。
四十七士の中でも人気者の堀部安兵衛の家紋は「四つ目結の二つ重ね」で中央が重なっているので「七つ目結」のようになっている。
主君浅野内匠頭が江戸城松の廊下で吉良上野介義央に刃傷したのがこの事件の発端だが、内匠頭の浅野家は本家浅野氏の分家だから、本家の鷹の羽を家紋にしている。
巷説では勅使饗応役の内匠頭が指南役の上野介にワイロを贈らなかったので意地悪され、頭にきた内匠頭が刃傷したということになっている。
そこで「餌を飼わぬが鷹の羽の落ち度なり」などと川柳にも詠まれている。
「餌を飼わぬ」とはワイロを贈らなかったことをいっている。
すっかり悪役にされた吉良上野介の家紋は、さすが室町将軍足利氏に連なる名門だけに「丸に二引両」「五七桐」という立派なものだ。
討ち入りのとき吉良邸で浪士を迎撃して斬られたなかに、上杉氏から輿入れした上野介夫人に従ってきた家老の小林平八郎がいる。
その家紋は「六つ重ね井桁の丸」という珍しいものだ。
同じく吉良の付け人の清水一学は「三つ団扇」だったという。
この事件で割りを食ったのは上杉氏だった。
当時の上杉氏の当主は上野介の実子綱憲だったが、討ち入りの際、上杉氏はとうとう応援を出さなかった。
そこで狂歌に、「鷹の羽(浅野の家紋)の勢い強き紋どころ、竹に雀(上杉の家紋)はちゅう(忠)の音も出ず」などと詠まれている。。。。

